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■ 第167回 健康診断を活かす ■
~実例・アニサキスのお話 その2~

医師 小澁 陽司
     

             
  今回は「アニサキスのお話」の後篇です。

  1970年代に普及し始めた胃の内視鏡
 検査は、それまで開腹手術を行ってアニサ
 キスが寄生する部位を切除することくらい
 しか診断法および治療法のなかった閉塞的
 な状況を、あざやかに打破することになり
 ました。
  まずは何よりも、医師が内視鏡で胃や十
 二指腸の内部を観察しながら、虫体そのも
 のを見つけることが可能になったのは画期
 的な出来事だったのです。そして、内視鏡
 の動きに合わせて出し入れする鉗子という
 ピンセットのような医療器具で虫体を直接
 捕まえたのち、消化管の壁から引き抜いて
 排除するという方法を確立させることによ
 って、アニサキス症の診断と治療は飛躍的
 に進歩を遂げたのでした。
  さて、このアニサキスによる食中毒は、
 近年なぜ増加傾向をたどり、ここまで注目
 されるようになったと思われますか?
  その理由について基本的なことからお話
 しすると、アニサキスは本来、海洋哺乳類
 (クジラやイルカなど)の腸管内に生息し
 ている寄生虫であり、それらの体内にいる
 時は特に問題を起こさないことで知られて
 います。
  しかし、アニサキスの虫卵が糞便と一緒
 に海中に排泄され、それを食べたオキアミ
 (プランクトンの一種)の中で幼虫となり、
 次はそのオキアミを食べた魚の内臓に寄生
 した段階で漁師さんに捕獲されたあと、飲
 食店やご家庭の食卓へ上りアニサキス幼虫
 が除去されないまま人間の口に入ることに
 よって、前回ご紹介したような激烈な腹痛
 を起こすケースが出てくるのです。
  典型的な発症パターンは、天然物のサバ
 やイカ、サケ、アジなど(基本的に養殖物
 には寄生がほとんど認められません)の身
 に、体長2cmほどで細長く白い糸のよう
 なアニサキス幼虫が存在しているのに気付
 かず、お寿司やお刺身など生で摂取した際、
 運悪くご自分の胃壁や腸壁などへ幼虫が食
 い付くことから始まります。幼虫はそこか
 ら逃げるため粘膜の内側にさらに潜り込も
 うとして必死で暴れ、その時に起こるアレ
 ルギー反応により消化管の粘膜に炎症が発
 生すると、摂食後8時間ほどで耐えがたい
 激痛や吐き気、じんましんなどが起こり、
 甚だしい場合は腸閉塞にすらなりかねませ
 ん。
  これでもうお分かり頂けたと思いますが、
 輸送手段の発達に伴って新鮮な魚介類がよ
 り速いスピードで飲食店やご家庭に供され
 るようになった昨今、元気なまま生きてい
 る幼虫も私たちの口に入る確率が高まった
 結果として、アニサキス症が俄然注目され
 るようになったのは当然のことなのです。
  また、これは余談ですが、アニサキスの
 食中毒には地域性も関係していることが分
 かっていて、たとえば同じマサバでも日本
 海側と太平洋側では寄生しているアニサキ
 スの種類が違い、太平洋側のマサバに寄生
 している方が重症化することが判明してい
 ます。実際、福岡県などではサバのお刺身
 がよく食されますが、アニサキスの食中毒
 発症数が少ないのは玄界灘が日本海側にあ
 るからというわけです。今後、このような
 地域性の研究がさらに進み、アニサキスが
 寄生する魚介についての情報がより精緻に
 なると、生食の安全性が高まることでしょ
 う。

  そんなアニサキス症から身を守るために
 必要なのは、魚介類を生食する際にまずご
 自分で充分に気を付けること。楽しい食事
 の興が削がれるかもしれませんが、生の魚
 介はぜひ目視して確かめながら召し上がっ
 て下さい。
  さらに、魚介類を加熱調理したり冷凍す
 ると、アニサキス幼虫は確実に死滅します。
 ただし、しめさばなどのようにお酢に漬け
 るだけの調理法や、わさびやお醤油をつけ
 て召し上がるだけでは幼虫は死にません。
 また、新鮮な魚の内臓には多くの場合アニ
 サキスが存在していますので、内臓を生で
 食べるのを避けるといった確かな知識を備
 えて食事に臨みましょう。

  筆者の友人にふりかかったアニサキス症
 のエピソードは夏のお話でしたが、本来は
 秋から冬にかけて、つまり今がアニサキス
 食中毒の好発時期です。生の魚介類を楽し
 む際には本稿の内容を思い出し、安全に楽
 しく秋冬の味覚をご堪能ください!















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