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■ 第166回 健康診断を活かす ■
~実例・アニサキスのお話 その1~

医師 小澁 陽司
     

             
  なんだか妙に暖かい日の多かった秋がい
 つの間にか終わり、2018年の東京は年
 末近くなっていきなり冬の到来を迎えた印
 象があります。

  都心の銀杏並木も急に黄色くなったかと
 思うと、今やあっという間に落葉しつつあ
 り、我が国で長いこと愛でられてきた季節
 感が少しずつ変化していることに戸惑いを
 隠せません。
  しかし、毎年秋から冬にかけて、私たち
 の食卓が美味しいもので目白押しとなるこ
 とに変わりはなく、その時期にしか堪能で
 きない味覚を楽しむ幸せはまだまだ健在で
 す。
  筆者などはお酒を嗜むため、今の時期の
 身の締まった美味しい魚貝のお刺身を頂き
 ながら、気のおけない友人たちと杯を酌み
 交わすのが無上の喜びになっています。
  そんな中、私たちが欣喜雀躍しながら口
 に運ぶ魚介類の体内にひっそりと隠れてい
 る寄生虫による食中毒が、近年とみに騒が
 れるようになってきました。
  その名は「アニサキス」。
  もちろん、皆様もすでにご存じだと思い
 ます。

  今号と次号は、このアニサキスの引き起
 す食中毒について、さる実例を挙げながら
 ご説明して参りましょう。

  話は2018年の7月まで遡ります。
  その日の午前11時頃、筆者が日頃より
 親しくさせて頂いているある芸能人の方か
 ら、筆者の携帯に電話が掛ってきました。
  (ちなみに、このエピソードは先日放送
 されたテレビ番組でご本人が自らご披露さ
 れていたため、筆者も解禁いたします)

  詳しくお話しをうかがうと、その方は昨
 夜の就寝後からみぞおちに痛みが出現し、
 今まで経験したことのない激痛に身の置き
 所がない状態で一晩を過ごしたらしいので
 すが、朝になってもやはり症状が治まらな
 いのでインターネットで「みぞおちの激痛」
 と検索したところ、「心筋梗塞」などとい
 った空恐ろしいキーワードがヒットしたた
 め心配になり、筆者に相談の電話を掛けて
 きたのでした。

  この時の電話で、筆者はまず初めに「昨
 夜は何を召し上がりましたか?」とお尋ね
 しました。
  すると、「お寿司です。イカとか、サバ
 とか・・・」というお返事。
  実はこのやり取りだけで、もう正解が出
 たのも同然でした。
  筆者は、「アニサキス症の可能性が考え
 られますね。胃の内視鏡検査をお受け頂く
 必要がありますので、当院にすぐお越し頂
 けますか?」とお答えし、筆者が院長を務
 めているクリニックで内視鏡検査の準備を
 始めようとしたのですが、その方はお昼過
 ぎからあいにくラジオ番組の生放送が予定
 されており、本番前に残された時間はほん
 の僅かしかなく、文字通り「泣く泣く」検
 査を断念して痛みをこらえながらラジオ局
 に向かわれたのです。
  結果として、ラジオ番組の終了後にお受
 けになった内視鏡検査(筆者のクリニック
 では内視鏡検査は午前中のみですので、午
 後も受診可能な他の病院にて実施)で、や
 はり胃壁に食い付いていたアニサキスが発
 見され、無事に虫体を除去して頂いたあと
 は痛みもすぐに治まってハッピーエンドを
 お迎えになりました。アニサキス症は、こ
 のような劇的展開を見せる病気のひとつと
 して今やよく知られています。

  しかし、この疾患の診断法や治療法がは
 っきりと確立されたのは、さほど昔のこと
 ではありません。
  周知の通り、我が国には魚介類を生食す
 る文化が根付いています。このため、かな
 り以前からアニサキス症は存在していたと
 想像されますが、なにぶんにも肉眼で見え
 ない消化管の内部で起こっている出来事で
 あり、かつての医療技術ではアニサキス症
 と確定診断を付けて治療を行うのに相当の
 困難を伴いました。残念ながら、最終的に
 アニサキス症と診断出来なかった症例も多
 かったはずです。
  そんな状況を一変させたのが、1970
 年代に普及してきた胃内視鏡検査でした。

  この続きは次号といたしましょう。














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