今回から、久しぶりに「胸部レントゲン検査」で認められる所見についての解
説を再開しましょう。
今や少し前のことになりますが、当コラムでは、肺野と胸膜の諸所見について
順次ご説明をしてきました。そして、本号から数回にわたって解説する予定でい
るのが、「横隔膜」に関係する所見です。
横隔膜と言われても、人間の体のどこに、そして一体何のために存在するのか、
即答できる方は少ないと思います。
焼肉がお好きな方ならば、「ああ、牛のハラミのことだな」、と思われるかも
しれませんが、それでも横隔膜がどんな役割を果たしているのか、正確に答える
のはなかなか難しいでしょう。
横隔膜は、「膜」と呼ばれてはいますが、実は立派な筋肉です。先ほど触れた、
牛ハラミという部分を焼肉屋さんで食べると、適度な弾力性があって美味しいこ
とからも、横隔膜が筋肉であることを実感できると思います。
この膜は、肺や心臓が入っている胸腔と、胃や肝臓などの臓器が入っている腹
腔とを分けている境界線の役目を果たしており、最大の特徴のひとつとして、肺
に空気を大きく吸い込んだ時には腹腔側に膨張し、より多くの空気を肺内に取り
入れられるようになっていることが挙げられます。この横隔膜の働きを最大限に
利用した「腹式呼吸」が、声楽家の方やフルート、サックスといった管楽器を演
奏する方の体得している呼吸法であることは、ご存知の方も多いでしょう。
また、横隔膜が胸腔と腹腔を分けている境界ということは、胸腔に存在する食
道が腹腔内の胃に入る時、必ず横隔膜のどこかを貫いて通っていかねばならない
ということになります。
そのため、横隔膜にはちゃんと穴が開いており、具体的には、食道が通る穴
(食道裂孔)、大動脈が通る穴(大動脈裂孔)、下大静脈が通る穴(大静脈孔)の
3つの穴が存在します。
そして最後は雑学に近いのですが、横隔膜が痙攣することによって出現する症
状こそ、「しゃっくり」と呼ばれるものであることは有名ですね。
それでは、横隔膜の基礎知識はこれくらいにして、いよいよ胸部レントゲン写
真における、横隔膜に関係した所見を説明していきましょう。
⑪横隔膜挙上:この所見は胸部レントゲン写真上、心臓の陰影を中心として
その左右に隆起している横隔膜が、上方、すなわち肺の方へとさらに持ち上がって
見えることをいいます。
左側のみ、右側のみ、あるいは左右両方とも挙上しているケースがあります。
原因はいくつか考えられるものの、大抵の場合、心配ないことが多い所見と言え
るでしょう。
例えば、肥満していてお腹が出ている人には意外と多く認められる所見ですし、
レントゲン撮影時に上手く息を吸い込めないと肺が膨らまず、横隔膜が挙上したよ
うに写ることもよくあります。ただし、肝臓の腫瘍が大きくなって肝腫大を起こし
ていたり、肺がんなどが原因で横隔膜神経が麻痺を起したりしている症例も稀とは
いえ存在するため、健診で初めて指摘された場合や、明らかな呼吸苦などの症状を
伴っている時は、必ずCTといった精密検査をお受けいただいた方がよいでしょう。
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