⑨胸膜肥厚
前回ご説明したように、胸膜とは肺を包む肌着のようなものですが、
肺の一番上の部分(肺尖部といいます)を包んでいる胸膜が胸膜炎や肺
炎、肺結核などに罹患したあと、いわば炎症の傷跡とでも言うべき状態
となり、そこだけがごわごわと厚くなってしまうことがあります。
その状態を、胸部レントゲン上では「胸膜肥厚」と呼んでいます。
胸膜肥厚という所見自体は大変ポピュラーで、健診で撮影された胸部レ
ントゲン写真を多数拝見していると、結構な高率で発見することができ
るものです。しかし、胸膜にできた過去の傷跡というだけの存在ゆえ、
その病的な意味は極めて少なく、ほとんどが心配ない状態のものばかり
なのも、この所見の特徴のひとつと言えるでしょう。
ところが最近の我が国では、胸膜肥厚が重大な病的意義を持つ、ある
胸膜疾患の症例数が急激に増加してきたのです。それは、胸膜中皮腫と
いい、前回のこのコラムの胸水貯留の項でも触れた疾患ですが、今回改
めて詳しくご説明いたしましょう。
胸膜中皮腫は、胸膜の中皮細胞から発生する悪性腫瘍で、中皮腫全体
で見るとその80%近くを占めているものです(従って、本稿において
はこれから『悪性胸膜中皮腫』と表記します)。
悪性胸膜中皮腫を一躍有名にしたのが、その発生原因でした。この疾
患のほとんどは、かつて日本の高度経済成長期に建材などとして大量に
使用されたアスベスト(石綿)を肺に吸い込むことによって起こります。
しかし、アスベストに発がん性があるという事実が判明したのは、19
70年代になってからのこと。その時点で、高度経済成長期に建築現場
などで働いていた方々の多くは、かなりの量のアスベストを無自覚に吸
い込んでいたわけです。そして、アスベストが人体内に入ってから悪性
胸膜中皮腫を発症するまで、およそ40年かかるとされていますから、
近年になり悪性胸膜中皮腫の発症率が急増してきたのは、その時期とま
さに一致しているということになります。
悪性胸膜中皮腫の胸部レントゲン所見として特徴的なのは、胸水貯留と
胸膜肥厚です。
しかし、よく見られる軽度の胸膜肥厚とは違い、胸膜が肥厚する程度
は強く、形も不整であるため、もし胸部レントゲン写真でそのような所
見が認められた時には、必ずその方の職業歴を参考にして検査を進めて
いかなくてはなりません。
さらに最近は、アスベストを使用していた作業者ご本人のみならず、
アスベストの製造工場付近に住む住民の方々の悪性中皮腫の発症が問題
となっていて、この疾患の持つ深刻さが伺えます。
今後、悪性胸膜中皮腫は2020年頃まで患者数が増加し続けること
が予想されているため、現時点では治療成績が決して良いとは言えない
この病気への対策について、国を挙げてのより一層の努力が望まれてい
ます。
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