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■第74弾 『草加は藍の国だった』 (資)須田染料商店■

 どの企業・どのお店にも歴史あり。ってぇ事で、今月は草加市内に在る"100年
(100年以上)企業"さんのご紹介!!
 今月ご紹介致しますのは【合資会社須田染料商店】さんです。突然ですが、会員の
皆さんは藍染めというものをご存知でしょうか!? 草加の地場伝統産業である浴衣
生地を染めるあの藍です。今は殆ど無くなってしまいましたが、その昔の草加は、実
は「藍の国」だったようです。ちなみに藍染めの染料の素になるのは藍球(あいだま)
と言い、その作り方は、藍の草に水を掛け、こもを被しておくと藍の草が発酵して変
化していきます。それを臼で突くと更に藍の草が発酵して粘土状になり、それを固め
たものを藍球と言うそうです。この藍球を紺屋に卸したのが須田染料商店さんの始ま
りとなります。創業は明治6年というとても歴史のある会社。屋号を"中屋"と言い、
足立越谷線のケンタッキーフライドチキン草加店の奥に在ります。現在は、染料・工
業薬品・不動産賃貸業・コインパーキングなど幅広くご商売をされておられますが、
その昔は藍染め用の染料である藍球を造って糸紺屋さんなどに販売していた会社です。


 聞けば草加は、明治の初め頃、藍球の原料となる藍を栽培していた農家さんが沢山
有ったそうです。その藍の草を買い上げて藍球を造り、販売していたのが須田染料商
店さん。しかし時代の流れで草加の天然藍は、海外で開発された安くて色の濃い合成
藍"Indigo"に押され、徐々に天然藍の消費が無くなって行ったそうです。大正
時代の終わり頃から須田染料商店さんも藍球の製造を止め、輸入藍の卸売りに変わっ
て行きました。昭和34年頃を境に浴衣自体も需要が減り、いまでは藍染め用の染料販
売は随分減ってしまったことで、現在の事業形態になったそうです。そんな須田さん
は古くから旧道(日光街道)沿いにお住まいで、東福寺に在るご先祖のお墓には【安
永・享保・天保】と言った年号が彫られているそうです。では、その昔は何をしてい
たか!? 江戸時代は農家の傍ら、旧道沿いで旅籠と旅籠の間で小物を売る"小間物屋"
を営んでいたそうです。六代目となる現代表の英男さんは『商人は信用が第一。代々
堅い商売をし、自分の甲羅以上に冒険をしなかったことで、商人として永く続いてい
るのではないでしょうか』と笑顔で100年企業の秘訣を語ってくれました。
 


 今、自宅敷地内に在る蔵を直している須田さん。『草加の古いモノに、時代にあっ
たモノで、人が集まるモノをやり、草加のまちづくりに貢献したい』と地元愛を語っ
て下さいました。草加の藍でご商売が始まり、草加を愛でまちづくり。須田染料商店
さんの"あい"は、いつまでも続きますね。


(資)須田染料商店
住吉1−1−1
048−922−2007
 

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E-mail:
sokacci@sokacity.or.jp
三遊亭春馬プロフィール