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■ 第177回 健康診断を活かす ■
~閑話休題・ササのお話~

医師 小澁 陽司
     

             
  前号でクローンについてのお話を執筆し
 たところ、拙文をご高覧頂いた方から、興
 味深い内容で面白かったとのお言葉をいく
 つか頂戴いたしました。
  そこで今回は、骨髄異形成症候群のご説
 明を一旦お休みし、番外編として「天然の
 クローン」の不思議さをしみじみと感じる
 ことが出来るお話をひとつご紹介したいと
 思います。どうぞ、もう少しだけ余談をお
 許しください。

  前号で、竹林(それを形成するタケやサ
 サ)は天然のクローンとして繁殖していく
 植物の代表であると述べましたが、実はサ
 サは100年以上とも言われるその長い寿
 命を全うする直前、たった一度だけ同じ群
 落が一斉に花を咲かせて繁殖を終えたあと、
 ほどなく一斉に枯れてしまうという特徴を
 持っています。
  通常は、それと同じ場所において翌年ま
 た次の世代のササが一斉に発芽し、新たな
 ササ群落がクローンとして形成されるので
 すが、そのようなササの開花と枯れ、そし
 て発芽に至る一連の活動が時には何十万ヘ
 クタールの規模で同時に起こるといいます
 から、驚きを禁じ得ません。

  さて、ここからが今日の本題となるので
 すが、皆様に予めお断りしておかなければ
 ならないことがあります。それは、今回ご
 紹介するお話は世に出ている資料があまり
 多くなく、また、筆者自身が広く資料を渉
 猟して確かめたものではないため、どうし
 ても元文献の孫引きが主体となってしまう
 ということです。
  しかし、お話自体は大変興味を引かれる
 内容であり、お読み頂いた皆様それぞれが
 色々な感想をお持ちになる筈ですので、ぜ
 ひご紹介させて頂きたいと思います。

  この話が掲載されているのは「竹を知る
 本―竹は木か草か」というタイトルの本で、
 著者は室井綽(むろい ひろし)農学博士。
  すでに故人ですが、日本のタケとササの
 研究を長年リードされた方です。
  この本によれば、昭和の初め、ある植物
 学者によって岩手県で新発見された非常に
 美しいササがありました。
  今まで誰も見たことのない美しいササで
 あったため、著名な牧野富太郎博士や室井
 博士など植物学者たちの尽力で日本各地に
 移植されて広められ、やがて昭和30年頃
 から全国的な人気を博するに至ったようで
 す。
  そのうち、市井の料理人の方々がこのサ
 サを自分の作ったお料理に添え始め、とみ
 にお寿司屋さんでの需要が急増しました。
  ご年配の方ならご記憶もあるかと思いま
 すが、かつてお寿司を頂く時に緑の彩りを
 添えてくれる笹の葉は、緑一色ではなく金
 色(黄色)の帯状の模様が縦に何本か入っ
 ているものが多かったような気がします。
  いえ、お寿司ばかりではなく、様々な日
 本料理店でよく使われていた記憶をお持ち
 の方もいらっしゃるかもしれません。
  その美しいササこそが、漢字で「金帯笹」
 と書き、見た目の美しさそのままに命名さ
 れたキンタイザサだったのです。
  キンタイザサは不思議なササで、日本は
 おろか世界中のどんな気候の場所でも成長
 し、例外なく必ず美しい模様が入ることが
 特徴でした。これは、世界各地で繁殖した
 すべてのキンタイザサが、まったく同一の
 クローンである証拠だと言えるでしょう。

  しかし、ある時突然、終焉は訪れます。
  昭和52年、キンタイザサは部分的に開
 花を始めました。
  ササの開花は前述した通り、そのササが
 やがて枯れてゆく運命にあることを意味し
 ているのです。
  そんな予測が流布するや、これからも料
 理業界での安定した経済効果を期待してい
 たササの栽培業者はなんとかして開花を止
 めようと努力を開始しましたが、残念なこ
 とに上手くはいきませんでした。
  そして昭和55年、皆の願いむなしく全
 面開花を遂げたあと、昭和56年までに世
 界中のキンタイザサは子孫も残すことなく
 すべて枯れてしまい、なんとこの地球上か
 ら完全に姿を消してしまったのです。
  それから約40年、新たなキンタイザサ
 は未だに1例も発見されていません。

  まるで、夢か幻のようなお話でしょう。

  にわかには信じがたい、この自然界の不
 思議さを知るにつけ、森羅万象に抗えない
 人間という小さな存在のことを改めて考え、
 筆者などは少しばかりセンチメンタルな気
 分になってしまうのです。

























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