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■ 第168回 健康診断を活かす ■
~白血病と闘う その1~

医師 小澁 陽司
     

             
  「衝撃」としか、表現する言葉が見つか
 りません。

  最近、これほど驚き、なおかつ「誤報で
 あってほしい」と祈るような思いを持った
 ニュースを耳にしたことはありませんでし
 た。
  それは、競泳選手の池江璃花子さんが白
 血病に罹患していることを自ら公表された
 日のことです。

  筆者ばかりではなく、大勢の方々が同じ
 思いを抱き、池江さんのご快癒を願ってい
 ることは想像に難くありません。
  まだ18歳という若さで立ち向かわなけ
 ればならない人生の試練にしては、あまり
 にも過酷であり重すぎます。
  しかし池江さんは、前に向かって一歩ず
 つ歩み始める決意を固められました。
  「私は、神様は乗り越えられない試練は
 与えない、自分に乗り越えられない壁はな
 いと思っています」と、自身のツイッター
 で思いの丈を綴り、迷わず治療に専念する
 ことを宣言されたのです。

  若いアスリートの決意を前に、筆者はか
 つて大学病院での勤務時代に担当した白血
 病患者さんたちの、穏やかで透き通った笑
 顔の数々を思い出していました。
  あの当時を振り返ると、長いあいだ白血
 病の治療を続けている方々の多くは、それ
 ぞれの方法でご自分の病気を受容し、必要
 以上に肩肘を張ることなく治療と向き合っ
 ていらしたような気がします。
  ですが、そこに至るまでの過程において、
 どれだけ皆様が悩み、苦しみ、つらい治療
 から何度も逃げ出したくなったか、それは
 想像を絶する状況であったに違いありませ
 ん。
  白血病の治療とは、そういう苛烈さの上
 に成り立っています。長期間の治療を経て
 自己の運命を受け入れた方々から、透徹し
 た信念をしばしば感じるのは、それらを乗
 り越えて来られた特別な境地にいるからな
 のでしょう。
  その後、完全に治癒された方もいれば、
 筆者が大学病院を去る際もまだ治療を続け
 ていらっしゃった方もおり、その転帰は
 様々であったとはいえ、静かな無菌室(白
 血病治療の過程で使用される部屋)の中で
 過ごす日々に必要な精神の在り方とはどん
 なものであるか、また、医療関係者がどの
 ような心構えで闘病中の方々と接すればよ
 いのかを、患者の皆様が多くを語ることな
 く、立ち振る舞いだけで我々新米医師に教
 えて下さったのは、筆者にとって今も忘れ
 がたい経験となったのです。

  しかし一般的に、白血病という疾患を語
 る時、どうしても口調が重くなってしまう
 のも確かです。
  過去、白血病を患った著名な方々を思い
 起こしてみると、女優の夏目雅子さんや、
 筆者の好きな作家の一人である池波正太郎
 さんなどが、残念ながら不帰の客となられ
 ました。
  その反面、1990年代半ばに白血病の
 治療を終えて以来、現在も第一線で元気に
 活躍されている俳優の渡辺謙さんは、白血
 病と闘う患者さんの心のよりどころとなる
 存在であり続けています。

  現在、白血病の治療法は、筆者の研修医
 時代と比較して格段の進歩を遂げており、
 決して不治の病気ではなくなりました。
  池江さんには希望に満ちた無限大の将来
 が広がっていると言っても過言ではないで
 しょう。
  今後、渡辺謙さんのような完治を目指し、
 本格的な治療に取り組まれる池江さんへの
 ささやかなエールとして、当コラムではこ
 れから数回にわたり白血病についてのお話
 をしてみたいと思います。
















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