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■ 第149回 健康診断を活かす ■
〜知っておきたい「健康診断の基礎知識」その100〜

医師 小澁 陽司
     


 Gナットクラッカー症候群:今回は前月と同様、多くの場合人体に悪影響がな
いものの、尿検査を行うとほぼ必ず尿潜血反応が陽性となる代表的な疾患を、も
うひとつご紹介することにいたしましょう。

 唐突ですが皆様は、著名なクラシックの作曲家であるチャイコフスキーの名前
をご存知のことと思います。
 チャイコフスキーは、バレエ音楽の「白鳥の湖」、「眠れる森の美女」などを
筆頭として数多くの名曲を遺しましたが、その中に「くるみ割り人形」という有
名な作品があるのもご存知でしょう。

 現在、欧米のクリスマスを彩るのに欠かせない曲である「くるみ割り人形」の
モチーフとなっている人形は、元々ドイツの山間地域で昔から作られていた木製
の伝統工芸品で、兵隊や王様などの姿に仕立てた人形の口にくるみの硬い殻を噛
ませ、梃子(てこ)の原理で殻を砕き、中の実だけを取り出して食べるための道
具でした。

 ただしヨーロッパでは実際に食卓で使用されるというよりも、クリスマスの飾
りものとしての用途の方が一般的ですので、その代わりとして同じ原理でくるみ
の殻を手軽に割る道具が普及しています。

これは日本でも昔からお馴染みの道具で、「やっとこ」のような形をしたくるみ
割り器は、今でも案外多くのご家庭に置いてあるのではないでしょうか。

 このくるみ割り器は、英語で「Nutcracker(日本語ではナットクラッカー、ま
たはナッツクラッカー)」といい、先端部分にジョイントが付いたやっとこ型の
ものですと、柄を持って左右に開き、ジョイント部の手前にある窪みにくるみを
置いて左右の柄で再び挟み、強く握って力を加えることで殻を砕きます。


 さあ、ここでいよいよ今回の本題に入りましょう。
 
 左右の背中側にひとつずつ、合計2つある人間の腎臓には、左右それぞれに動脈
と静脈が出入りしています。まず、心臓を出て足へ向かって体の中心を下行して
いく大動脈から、直接左右の腎臓に分岐するのが腎動脈で、これは動脈血を腎臓
に供給するためのもの。

そして、その大動脈に寄り添うように存在している下大静脈(足の方から静脈血
を集め、心臓に戻す大血管)まで、静脈血を送り返すために左右の腎臓から伸び
ている血管が腎静脈になります。

 問題となるのは、これら腎臓に関わる動静脈のうち、左の腎臓から出る左腎静
脈の流れが、意外な原因によって阻害されてしまうというケースです。

 曲者は、大動脈から前向き(お腹のほう)に飛び出すような形で分岐している、
上腸管膜動脈という動脈。

この上腸管膜動脈が大動脈から分岐した場所のすぐ下で、左の腎臓から出て下大
静脈まで伸びている左腎静脈が横向きに交差しており、基本的にそれらの血管の
位置関係は誰もが同じなのですが、痩せ型で内臓脂肪の少ない方や、血管の通る
位置が先天的にずれている方などでは、上腸管膜動脈と大動脈が極端に接近し、
左腎静脈を前後から挟んで部分的に強く圧迫してしまうことがあるのです。

 実は、この現象こそが先ほどから長々と語源を説明してきた、「ナットクラッ
カー症候群」に他なりません。

 左腎静脈が前後から上腸管膜動脈と大動脈に挟まれて圧迫されている様子が、
まるでくるみをくるみ割り器で挟んだ時のように見えるため、そう名付けられた
のです。

 左腎静脈が圧迫されると、スムーズに流れるはずの血液が左の腎臓内で停滞し、
その周辺の細い静脈の中の圧力が上がるため、血管壁が破れて少し出血します。

その結果、尿に少量の血液が混じり、尿潜血反応が陽性になってしまうことにな
ります。

 ナットクラッカー症候群では、尿潜血反応陽性以外の症状も認められます。例
えば腹痛や腰痛、蛋白尿などが出現したり、重症化すると精巣や卵巣に静脈瘤が
発生することもありますが、基本的には予後の良い、放置可能な症例が大部分を
占めていることは間違いありません。

 この疾患を発見するのにまず有用なのは、やはり何といっても腹部エコー検査
です。

 もし、健診において尿潜血陽性だけが長く続いている方で、原因をまだ調べて
いないという場合には、是非一度、簡便かつ体に負担がかからない検査である腹
部エコー検査をお受け頂きたいと思います。




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