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■ 第147回 健康診断を活かす ■
〜オウム病と人獣共通感染症A〜

医師 小澁 陽司
     


 今回は、筆者が医師になりたての頃に経験したお話から始めたいと思います。
 
 それは、筆者が大学病院の内科病棟で研修医をしていた時の出来事です。当時、
病棟の点滴係だった新米医師の筆者が、ある日いつものように点滴を持って病室
へ入っていくと、その部屋の窓辺に何人もの患者さんが集まっていました。
 
 何かあったのかと覗き込んだところ、窓枠のすぐ下から外に向かって突き出し
ている小さな屋根のようなスペースに、どこからか飛来した数羽のハトが乗って
いるのが見えました。
 
 病棟は9階にあったので、窓は少ししか開きません。そのわずかな隙間から患
者さんたちは野生のハトに餌をあげ、みんなで餌付けをしていたのでした。
 
 そこに入院していた患者さんは、糖尿病などの自由に動き回れる疾患の方ばか
りでしたから、毎日同じような生活を送るのに退屈していたのでしょう。どなた
かが餌付けを始めた途端、何羽ものハトが窓辺まで寄って来るようになったのを
楽しんでいたのです。筆者はその心和む光景を眺めながら、患者さんと共に微笑
ましい気持ちになっていました。
 
 しかし筆者は、医学部でちゃんと勉強したはずであった「ある疾患」のことを、
恥ずかしながらすぐに頭の中で思い浮かべることが出来なかったのです。

 そこにたまたま通りかかったのが、筆者の指導医だったベテランの女性医師で
した。
「ちょっと、何をしているの!?」
 と、その指導医は驚いた表情で人だかりをかき分けてこちらに近付いてくると、
窓辺に置いてあった餌を全部外に投げ捨て、ハトを一羽残らず追い払って窓を閉
めてから、
「もう二度と餌付けなんかしちゃいけませんよ。ハトはね、意外と怖いんです」
 と言うなり、餌付けに携わっていた患者さんの手をすぐに消毒し、うがいをさ
せました。

そして、茫然としている筆者に向かってこう仰ったのです。
「先生まで一緒になって見ていては駄目でしょう?野生の鳥は色々な感染症を持
っているんだから。免疫力の低下している患者さんが感染でもしたらどうするの
?」

 あっ!と筆者は事の重大さに気付き、その瞬間、自分の至らなさを恥じました。
これこそが、「人獣共通感染症(ズーノーシス)」のことだったのです。

 前回話題にしたオウム病が、その名称と違ってオウムに限らずインコやハトな
どからも人間に感染することはすでにご説明しました。今回の筆者の回想に登場
したハトは、この人獣共通感染症の病原体を媒介する代表的な動物で、オウム病
の病原菌のほか、有名なものとしては妊婦さんに感染すると流産を引き起こす
「トキソプラズマ症」(寄生虫)や、肺に病巣を作る「クリプトコッカス症」と
いった真菌(カビ)感染症の病原体を持つことが知られています。

 これらの病原体はオウム病と同様にハトの糞便中に排泄され、乾燥して粉にな
ったその糞が人間の口に入ることで感染するため、先述した筆者の指導医が慌て
て窓辺のハトを追い散らしたのは当然のことでした。

 もちろんハトばかりではなく、人獣共通感染症を媒介する動物や原因となる病
原体は他にもたくさん存在します。

 平成26年10月の当コラムでも触れていますが、デング熱、日本脳炎、マラ
リアなどは蚊が媒介することによって感染する疾患であり、また、おなじみのイ
ンフルエンザは、トリやブタと人間との共通感染症であることが最近になり広く
認知されてきました。

 北海道に生息する可愛らしいキタキツネにはエキノコックスという寄生虫がい
て、人間に感染すると肝臓に寄生するため迂闊に近付いてはいけませんし、イカ
やサバにいるアニサキスという寄生虫は、それらを生食した人の体内に入ると胃
壁に噛み付き、ひどい激痛を起こすことで有名です。

 さらに、海外旅行の際に注意が必要な狂犬病は、その名の通り主としてイヌに
噛まれると感染するのですが、イヌ以外にもコウモリやネコに噛まれて感染する
事例も報告されているため、油断は出来ません。
 
 他にもまだまだ人獣共通感染症の例を挙げればきりがないとはいえ、今後も増
加が予想されているこれらの疾患には多方面にわたり目を光らせ、日頃からご自
分の身を守っていく必要があることは確かでしょう。




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