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■ 第139回 健康診断を活かす ■
~受動喫煙の恐ろしさ~

医師 小澁 陽司
     

 先日、1970年代の終わりから80年代初めにかけてテレビで放映されていた
有名な刑事ドラマのDVDを観ておりましたら、そのドラマに出演している男優さ
んたちが例外なく、全員ヘビースモーカーであることに驚愕してしまいました。

 朝、警察署に出勤してきたらすかさず一服。

 路上での聞き込み捜査の最中は勿論のこと、事件の現場に向かう車中でも当然く
わえタバコ。

 そして、犯人役の方々も隠れ家の中でイライラしているのか、のべつまくなしに
たばこをふかし続け、めでたく犯人逮捕のあとは刑事全員で揃ってまた一服。

 よくよく観てみると、喫煙していないのは銃撃戦の最中だけでした。

 これこそが、時代を反映しているということなのでしょう。

 ちょうどこの頃は、筆者が中学から高校時代を過ごした時期に一致しますが、当
時の東京において喫煙はごくありふれた日常的な光景だったのです。

 駅のホームには当たり前のように灰皿があり、そこからは完全に消えずにくすぶ
る吸殻の異臭が常に立ち上っていましたし、新幹線の中でも飛行機の機内でもタク
シーの車中でも、そして飲食店の店内や公共の場所に至るまで、どこであろうがと
にかくたばこを吸うことができたのでした。

 そんな状況がようやく変わりはじめたのは、1980年代半ばくらいからだった
と思います。

 まだまだ緩やかな変化だったとはいえ、国鉄分割民営化後のJR駅のホームの禁
煙化や、JRのみならず私鉄各社でも禁煙車両を設置するなど、当時にすれば画期
的な改善策が実施されるようになりました。

 そして、2000年代に入り、東京都千代田区で路上喫煙禁止条例が制定される
と、その取り組みは他の地方自治体にも徐々に拡大していったのです。

 このような記述をお読みになれば、我が国の禁煙対策は着々と進行していると思
われるかもしれません。

 しかし現在もなお、未解決の大きな課題が残されていることに、皆様はお気付き
でしょうか。

 それは、「受動喫煙」の問題です。

 以前も当コラムで触れましたが、受動喫煙とは、喫煙をしない方が喫煙している
人のそばにいるだけで、有害物質を含んだたばこの煙を自分の肺まで一緒に吸い込
んでしまうという状態を意味します。

 もう少し詳しくご説明すると、たばこの煙には、火のついたたばこ本体から出る
副流煙、たばこを吸った人の肺に入る主流煙、そしてそのあと口から吐き出す呼出
煙の3種類があって、受動喫煙では、自らたばこを吸わない方がその意思とは裏腹
に、他人の副流煙と呼出煙を吸い込むという事態が起きるわけです。

 特に、副流煙の中には主流煙と呼出煙よりはるかに多くの有害物質が含まれてい
るため、たばこを吸わない方であるにもかかわらず、肺がんをはじめ各臓器に発生
するがん、心筋梗塞や狭心症といった心血管疾患、脳梗塞などの脳血管疾患、そし
て慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患に罹患する可能性が非常に高く
なってしまうことになります。

 また、公共の屋内において喫煙が可能、あるいは不完全な分煙しかされていない
場所では、そこにいる非喫煙者の全員が実質的に受動喫煙を余儀なくされてしまう
わけですから、とりわけ小さなお子さんや妊婦の方などへの影響は甚大となってし
まいます。

 この現況に対し、かつて政府は公共の場所での受動喫煙を減らすため、関係各所
が対策を講じるよう法律を制定しました。

 しかし、この法律はあくまで努力義務であって、強い抑止力を持っているわけで
はありません。

 そのことが、常日頃より少しでもたばこの害から皆様をお守りしたいと思ってい
る、私ども医療関係者の長年の悩みの種でもあったのです。

 ところが本年8月31日、国立がん研究センターが日本人の非喫煙者を対象とし
た受動喫煙と肺がんとの関連性の研究において、受動喫煙のある方はない方に比べ、
約1.3倍も肺がんになるリスクが高まるとの研究結果を発表し、受動喫煙が肺が
んのリスクを上げるのは、科学的根拠に基づき「確実」であるとの見解を示しまし
た(それまでは『ほぼ確実』という評価)。

 さらに、この発表に伴って「日本人のためのがん予防法」というガイドライン上
でも、他人のたばこの煙を「出来るだけ避ける」から、はっきり「避ける」と文章
が訂正され、受動喫煙を完全に防止する権限を持った法律の制定に弾みをつける状
況が、ついに整いはじめてきたのです。

 4年後の2020年に迫った東京オリンピックに向け、今後、政府主導によるしっ
かりした法整備が必要なことはいうまでもありませんが、これをいい機会とし、禁
煙される方が一人でも増えて頂くことを私どもは願ってやみません。


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