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■ 第113回 健康診断を活かす ■
~夏の職場の注意点①~

医師 小澁 陽司
     
 それは、梅雨の合間に珍しく太陽が顔を覗かせた、ある蒸し暑い日の出来事。

 ちょうどお昼ごろ、職場の同僚に担がれるようにして筆者の外来を受診された60
代半ばのその女性は、点滴用ベッドで横になり、ややぐったりとしていました。
 お仕事は、近隣のオフィスビル内で清掃作業に従事されているとのこと。お揃いの
厚地の作業服に身を包んだ同僚が見守る中、意識がはっきりとしていたその方は、こ
の数時間で自分の身に起こったことを筆者に話し始めました。

 お話を聞いてみると、いつもと変わったことは特にしていない様子です。普段と同
じように早朝からビル内の清掃を開始し、丁寧に各階を巡っていました。ところが、
開始後3時間ほど経過した頃から、軽いめまい、吐き気が出現してきたのです。当初、
我慢できる範囲内だったのでなんとか仕事を続けていましたが、やがて症状はさらに
強くなり、ついに嘔吐してしまいました。これには同僚も心配し、休憩室で横になる
よう計らってミネラルウォーターを飲ませてくれたものの、そのあとの1時間で立て
続けに3回ほど嘔吐した上、頭痛が起きたり足がつってきてしまったため、事ここに
至り筆者の外来を受診された…という次第です。

 「お仕事の内容でいつもと違うところは、まったく何もありませんでしたか?」筆
者の問いに対し、その方はちょっと考えるとこう言いました。
 「ええと…そういえば今朝は、地下のゴミ置き場の機械の調子が悪くて、いつもより
30分くらい長くそこにいました」
地下のゴミ置き場は冷房がない高温多湿の環境であり、その中に合計1時間以上は滞在
していたと言います。そして、そこでいつも以上に大量の汗をかいたというのです。
 「現在、何か治療されているご病気はありませんか?」
 「特にありません」
 「この数日、体調を崩していらっしゃったということはありませんでしたか?」
 「あ、昨日からお腹の具合が悪く、下痢をしているため食事があまり摂れていません
でした」

 下痢は、人体から水分が奪われる脱水状態を簡単に惹起させてしまう現象です。しか
も、食事摂取量まで少なくなっており、相当水分が不足した状態で働いていたことが想
像されます。
 この日の気候は、うだるような暑さと不快極まりない高湿度。さらに、昨日から脱水
状態にあったこの方は、屋内とはいえ猛烈な高温多湿の環境下にいつもより長く滞在し、
厚地の作業服を着たまま大量の汗をかいたわけです。

 さて、これだけ重要なキーワードが羅列されていれば、すでに読者諸賢はこの女性の
身体に起こったことをご理解いただけたでしょう。
そう。言うまでもなく、「熱中症」ですね。

 熱中症は、端的に定義すれば「体で作られた熱が外に逃げず、体内に溜まってしまう
ために体温が上昇してしまう状態」であり、ひとつ間違うと死に至ることもある恐ろし
いものです。

 次回、熱中症についてもっと詳しく解説いたしましょう。

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