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■ 第103回 健康診断を活かす ■
〜知っておきたい「健康診断の基礎知識」その77〜

医師 小澁 陽司
     
 今回は、前回のお題である「横隔膜下遊離ガス像」の続きです。

 Aさんの病気は十二指腸潰瘍でした。しかし本人はまだ、それを知りません。

 薬局で買った強めの胃薬を飲むと痛みは少し和らぐものの、決定的な解決には
至らず、その上なぜか便が黒っぽくなってきたAさん。ついに根を上げた彼は、
やっぱり病院に行こう、と決意します。
 しかし仕事が忙しくて行く時間がない・・・という逡巡を繰り返していた数日
後、会社の中にいたAさんは突如、呼吸も出来なくなるほどの激痛をみぞおちに
感じたのです。そして、黒い血をいきなり会社の床に吐きました。
 その現場にいた同僚たちは驚き、急いで救急車を呼ぶと、Aさんを筆者が勤務
していた病院へと連れてきてくれました。病院到着時、意識がしっかりとしてい
たAさんからこの状態に至る経過や、周囲にいた同僚から吐血時の話を聞き、筆
者たちはまず、立ったままでの胸部レントゲン写真撮影を行いました。そしてそ
の写真に、前回と今回のお題である「横隔膜下遊離ガス像」を認めたのです。

 そこでもう一問。この時、Aさんに起こっていた衝撃的な事態の真相が、皆様
には想像出来ますか?

 実はこの時、Aさんの十二指腸潰瘍は出血をしていました。数日前から便が黒
くなったのは、血液が混じったためだったのです。しかしそれだけでなく、なん
と十二指腸の潰瘍部分が破れ、穴が開いてしまっていたのでした!これを、「十
二指腸潰瘍穿孔」と呼びます。
 Aさんの胸部レントゲン写真を立ったまま撮影すると、左右の肺の一番下、肝
臓の隆起の上に、本来は存在しない半月形や三日月形の空気が写っていました。
 これが、横隔膜下遊離ガス像(フリーエアー)と呼ばれる所見です。十二指腸
と胃を繋ぐ、「十二指腸球部」と呼ばれる丸い部位はもともと壁の厚さが薄く、
胃潰瘍と比べてはるかに穿孔しやすいという特徴があるのですが、その球部の潰
瘍に穴が開き、消化管の中の空気が腹腔に漏れると、肺の座布団である横隔膜と
その下に位置する肝臓との間に空気が溜まって隙間が出来るため、胸部レントゲ
ン写真上に特徴的な所見が認められる、というわけなのです。
 胸部レントゲン検査に続き、腹部CT検査でもフリーエアーを確認したあとは、
消化器専門医の登場です。昔は潰瘍が穿孔すると、多くの場合外科的な緊急開腹
手術が行われました。しかし最近では、開腹をしない「腹腔鏡下手術」や、薬で
様子を見ていく「保存的治療」の割合も多くなっています。
 Aさんの場合は、年齢がまだまだ若かったこと、穿孔してから病院到着までの
時間が短かったこと、十二指腸に開いた穴から内容物があまりこぼれていなかっ
たため、腹膜炎が軽くて済んだこと、そしてショック状態にならず、全身状態が
良好だったことなどから保存的治療が選択され、しばらく入院したのち、やがて
元気に退院していきました。

 退院後は喫煙をやめ、飲酒や大食などの食習慣を改めたAさんは、大変な事態
をくぐり抜けたあと、その後の人生にとって大切なものを拾い直したのではない
でしょうか。

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